2013年11月19日火曜日

雄勝法印神楽 舞台保管庫できました



雄勝の方々にとって、心の拠り所となっている雄勝法印神楽。

会長が津波で行方不明となり、衣装や面などの大半も流されて
いたにも関わらず、震災からわずか2か月後の2011年5月29日、
御神楽が雄勝で披露されました。



震災直後、まだ仮設住宅もできず避難所生活を続けていたころ、
「第1回おがつ復興市」には1000人を超える町民が集まりました。
いつもの木組みのやぐらもなく、被災した役場の玄関をビニールシートで
囲っただけの舞台で披露された御神楽の熱演に、町民はどれほど
勇気づけられたことでしょう。

その後、町民はもとより、多くの方々の支援によって見事に復活した
雄勝法印神楽ですが、震災によって練習場や保管庫が失われたまま
でした。



2013年11月18日、大浜の石神社/葉山神社の脇に、新たに
「雄勝法印神楽 舞台保管庫」が完成しました。



復興は一歩一歩ですが、
これからも応援し続けていきましょう。

2013年9月6日金曜日

新山神社 平成25年秋祭りは10月20日です



今年も新山神社の看板制作のお手伝いをさせて頂きました。
雄勝法印神楽はいつ見ても清々しいですね。
看板設置はいつも味噌作の高橋さんと
船戸の佐野内さんが手伝ってくれます

ところで、
雄勝まごのて診療所がお世話になった水浜地区では、移転地造成のために
8月中旬に急遽、来月末までに今の仮設住宅を退去して
他の仮設住宅に移動しなさいとの通達が出たそうです。
水浜仮設のみなさん、一緒の場所に移動を希望するもかなわず
森林公園、三反走、飯野川、大森、開成とバラバラになってしまいました。

造成がいつまで掛るか分かりませんが、震災後なんとか繋ぎ止められていた
人心が引き離されることは、なにより辛いことです。
できるだけ早く、みなさんがまた水浜に集まれますように。。願うばかりです




2013年5月28日火曜日

雄勝まごのて診療所、診察を終了しました。

今月で、雄勝まごのて診療所は診察を終了いたしました。
2011年の5月29日に開院し、ちょうど2年間でした。



最終日の26日、仮設住宅の談話室で、心づくしの送別会をしていただきました。
27日は、みなさんが手伝ってくださって、後片付けとお掃除してくださいました。
みんなで手を振って見送っていただきました。


2年間続けてこられたのも、皆様のおかげです。
本当にありがとうございました!

2013年5月14日火曜日

おがつ新聞 平成25年5月号 発行しました

おがつ新聞 Vol.13 平成25年5月号発行です!



  ※pdf版は こちら → おがつ新聞web


今月の編集時も、魅力ある雄勝で紹介したい事や、
住民が伝えたいこと、自慢したいこと、苦しんでいることなどが
机上に並ぶ中での作業となりました。

特に、今月号は教育のことをとりあげさせてもらいました。
何より先にお伝えしたいことは、
こどもを持つ親御さんそれぞれの
『自分の子供への考え方に優劣はない』
ことです。

生活、仕事、家族、教育、、、
人それぞれが皆、事情が異なります。

平時の教育環境においても、我が子をどう育てようか?と
それぞれの事情で悩むでしょう。
ましてや、震災、そして避難生活という未知の環境にあって
我が子の教育をどう考えるか、働き盛りの世代にとって簡単に
答えが出せるものではないでしょう。

「うちの子が卒業するまでは面倒な事になってほしくない」
「なんでもいいからさっさと決めてくれないと目標すらたたない」
「これから子供を増やそうと思っても、見通しがないと困る」
・・・

こういった言葉を表面だけとらえて、
それって子供の都合といいながら親の都合でないか、
という声も内外から聞こえますが、
ちょっと違うのではと感じます。

子供の教育環境とは、何も子供自身の〝学校内の″環境だけでは
ありません。
家族の生活面の安定、精神的な安定も、含めた、トータルの
環境をもって考えてこそ、本当に子供のためでしょう。

震災後に、避難所の選択にはじまり今に至るまで、
大多数の方が、何事も思い通りにいかない日々が続いています。
他人の事とか町の将来とか考える余裕などないよ、と
いうのが本音という声も少なからず聞こえます。
それでも、こどもの将来のために、真剣に考えつくした経験は
決して無駄にはならないでしょう。

石巻市教育委員会が主催で、今年4月から、
雄勝地区統合小・中学校建設基本構想検討委員会、
なるものがはじまっています。

これまでの委員の様に
『新校舎できるとしても僕(又はウチの子)はいないんだから関係ないしね』
『雄勝に住んでいないんだから、まぁ名前だけの委員だけどね』
などと軽口をたたいていた方は即刻退場し、
真剣に、
避難先の学校(保育所)に通っている子供のため、
町内から通っている子供のため、
そして地域の将来のために考える会として、
有意義な議論を重ねていってほしいです。


 ※今月号で、一旦おがつ新聞は終了となります。

2013年4月21日日曜日

季節外れの雪です

今日は石巻市長選挙の日。
数日前は30度近くあったというのに、
こんな日に限って、雄勝は吹雪いています。

まごのて診療所の周りも雪景色!
誰が市長になったって変わんないしね、と
会う人会う人が言ってかえります。
一票は平等というが、現実は厳しい。
人口15万人の石巻市(有権者12.5万)の中では、
旧雄勝町の意向はたったの1%しか反映されないのですね。
雄勝と同じく漁業の町の旧牡鹿町・北上町を含めても、わずか数%でしょう。
市町村合併の弊害はこんなところにも。。。

2013年4月12日金曜日

2013年3月2日土曜日

おがつ新聞 Vol11 平成25年3月号発行しました

あっという間に、震災から2年が経とうとしています。

おがつ新聞も11号となりました。

↑クリックすると新聞のページになります


今後ともどうぞ宜しくお願い致します。
3月4日のNHKラジオ第一ぜひお聞きくださいね。
※国会中継のために始まりが遅くなる可能性があるそうです。


2013年3月1日金曜日

3/4 NHKラジオ第一 雄勝から全国生放送1時間です☆ 

3/2更新情報

※国会中継のために開始が遅れる可能性があるそうです(涙)


NHKラジオ第一 http://www.nhk.or.jp/r1/
2013年3月4日(月) つながるラジオ http://www.nhk.or.jp/tsunagaru/
 
午後4:05~午後4:55(50分)

 ▽ラジオ井戸端会議                    
  「中継シリーズ~震災から2年 さらなる復興に向かって」 
   元気です!雄勝                    
        ~宮城県石巻市雄勝町雄勝まごのて診療所

  



雄勝より、というか、まごのて診療所より生中継です。

当日は、立浜の漁師・末永千一郎さん、
上雄勝の八百屋・佐藤美千代さんも生出演です。

いったいどんな話になるのやら。
前打ち合わせなしの内容が楽しみです^^

2013年2月21日木曜日

ミラノでまごのて診療所など石巻の紹介をされます

先日紹介させて頂いた、ミラノ在住の野口祐子さんが
今月末よりミラノで石巻を励ます展示会を開催されます。
今回もさらなる巨匠のメッセージを集められているようです。

案内を頂いたのですが、うーん、イタリアーンです
イタリア語が分かる方、内容教えてください(笑)
 
 
 
Comunicato stampa n.161
 
Ishinomaki: non dimentichiamo!
 
Inaugurazione: giovedì 28 febbraio 2013, alle ore 18,30
Milano, vicolo Ciovasso n° 1
La mostra rimarrà aperta fino al 12 marzo 2013
Orario: tutti giorni 14,00-19,00, chiuso lunedì, sabato e festivi
 
Dopo due anni dalla devastazione nel nord est del Giappone dell’11 marzo 2011, l’oblio del mondo è l’angoscia più paralizzante della speranza, là dove è indispensabile credere nella <<reale idea di fratellanza>>.
 
"Non dimenticateci, abbiamo paura di essere abbandonati”, così ripetono le popolazioni che subirono il terremoto e maremoto giapponese.
Chi perde tutto si nutre anche di pensieri per riuscire a risorgere.
E’ il senso di solitudine a fermare le meraviglie possibili dell’uomo ed è insieme che c’è futuro.
 
A Ishinomaki accadde già nel 1611, nella zona di Tohoku, che un grande terremoto e maremoto distruggessero ogni cosa, con la stessa intensità del 2011.
Anche allora si perse tutto, ma la gente sfidò la malasorte inviando una delegazione all'estero per aprire nuovi rapporti con l'occidente.
Partì una grande nave, la Santjuan Bautista, nel lontano 1613, per la <<Missione diplomatica Keicho>>, con a capo Tsunenaga Hasekura, con destinazione Spagna e Italia.
Non sbagliarono allora.
 
Non sbaglieremo oggi noi nel farvi conoscere con la mostra “ISHINOMAKI: NON DIMENTICHIAMO!” ciò che il volontariato, con un grande spirito umanitario, sta facendo per la città che è stata la più colpita dallo tsunami.
Un mostra emozionale, che vive anche per i racconti dei giornalisti e i messaggi personali di gente che ha nel cuore il Giappone, perché è conoscersi che crea amicizia.
Troverete anche la storia e il coraggio di 400 anni fa, che diedero ragione a Masamune Date che ideò il viaggio per condividere il patimento dei giapponesi di allora, assimilabile a quello dei nostri tempi. 
 
E' importante il sostegno del vostro sentimento: ricordatevi sempre di non dimenticare.
 
Durante l’inaugurazione Megumi Kamikariya proporrà l’ascolto di canzoni giapponesi.
 
 
 
Ass. Culturale ARTE GIAPPONE - Vicolo Ciovasso 1 - 20121 Milano
  

2013年2月15日金曜日

おがつ新聞 平成25年2月号 できました

おがつ新聞、平成25年2月号ができました。


 → こちらのページで紙面が見れます

新春特別号は新年らしく華やかな紙面となり、お陰様で
多くの方から元気でたよ~、との嬉しい声を頂きました!
本当にありがとうございました。

2月号は、ちょっと真面目な話題をとりあげました。
震災から2年近くたちましたが「復興が進んでいます」、という言葉が
何か一人歩きしており、実際のところどんな現状なのか
客観的な報道が少ない気がします。

そこで、ありったけの情報を集めて、いま、雄勝が
どういう状況なのか、感情は一切いれないで
周辺の町と比べてみました。
何かの参考になれば幸いです。

あと、
仮設商店街の「伝八すし」新作の雄勝丼、めちゃくちゃ美味いです。
さすが、雄勝のホタテは違います。
ここまで来ないと味わえませんよ^^
雄勝丼は毎日、仕入次第の限定なので、狙っていくなら早目がオススメです。

2013年1月18日金曜日

1.17 阪神淡路大震災の慰霊祭に参加して

1月17日 5時46分、和尚さんの鳴らす鐘の音とともに、黙祷。



18年前の1995年のこの日に起きた地震は
未だに、実感が沸かない。

震災に遭ったのは、ちょうど”人と防災センター”のある、HAT神戸近くの神戸市中央区岩屋地区。

どーんという縦揺れに続き、ゆったりとした波長の激しい横揺れに、仮眠中だった布団ごと軽々と揺さぶられた。
激震が収まってしばらく(だったのか一瞬だったのか)布団の中にいた。ふと、こんな揺れなら関西国際空港は海に沈んだかな、と思い浮かんだことだけ覚えている。

真っ暗な家の中で、玄関に向かうも、アパートが傾いていたため扉が開かず出られない。やむなく裏のガラス戸から出ようと外を見た瞬間、その目の前に広がる光景を疑った。

目の前の家が、ことごとく倒壊していた。


18年後の昨日、はじめて、その地を訪れた。
正確にいうと、その場所がどこだったか、わからなかった。
何の感情も沸いてこなかった。

震災当日、泣き叫ぶ声が聞こえ、火の手のあがる中を避難していた時にも、何の感情も沸いた記憶がない。神戸大学に一泊避難し、翌日歩いて西宮北口駅に向かった時にも、その周囲の騒々しさにもかかわらず、飄々と駅に向かって、そのまま被災地を離れたという記憶しかない。

過去の事をぐっと我慢して忘れようという性格ではないが、とにかく未だにトラウマとかPTSDとかもない。
当時も今も、冷酷にまで無感情でいられること自体が、どうも自分にとってあまりに衝撃の経験だったのかも、しれない。



2013年1月17日、震災による火災によって、最も被害の
大きかった神戸市長田区 御管地区の慰霊祭に参加した。

主催は、この地区で震災直後から、住民の声が届く
復旧復興活動に尽力され、18年後の今でも、神戸や災害被災地などでの
活動を続けておられる「まち・コミュニケーション」の代表・宮定章さんと
それを支える有志の方々。

宮定さんは、昨年より石巻に居を移し、日々雄勝町の支援に
打ち込んでいる。今ではホタテの水揚げまで手伝っている。
その実行力には頭が下がる。

この日の慰霊祭には、18年たったにもかかわらず100人近くの
方が参加され、慰霊碑への焼香を行った。
正午に”人と防災センター”で行われていた式典にて黙祷を
捧げ献花をしたが、このときは市民が1000人以上参加していたのではないかと思う。

不謹慎かもしれないが、神戸では一年に一日だけでも、こうして
震災の事を思う行事が続くだけでも、防災の意味があると思う。

震災発生時に必要なのは、とっさの判断。
心のどこかで、災害が起こった時どうするか、と意識していることが、
最も簡単で、最も現実的な防災ではないだろうか。

2013年1月11日金曜日

獅子振り復活に思う、雄勝町の集落存続

今年の雄勝の正月は、にぎやかな獅子振りに始まりました!

 
 

 雄勝では、獅子舞のことを『獅子振り』っていいます。
町中を練り歩いて、家々に入り、家の悪を追い出すという意味があるとのことで、その名の通り、とにかく、振る。

獅子振りは二人一組で、一人が獅子頭、もうひとりが胴体に入ります。
普通の兄ちゃんやおっちゃんが、獅子の中に入ったとたん、立派な役者に大変身!
えぇ?いつもぷらーっとしている(失礼)のに、実はそんな凄い舞ができるなんて、と、ただただ感心。 
まごのて診療所のある水浜地区では、38年ぶりに獅子振りをされたという方もいたのですが、その勇壮な獅子の動きは、子供の頃から接しているだけあって、とても子供の頃以来とは思えない見事なものでした。 芸達者な雄勝です。新年早々、いいものを見せてもらいました。



雄勝各地区で春祈祷(新年のお祭り)があり、各地区で獅子振りをしたりしなかったりします。
1月3日は、大須、水浜、雄勝中心地区の獅子振りに参加しました。

雄勝中心地区には、新山神社という立派な神社がありましたが、津波で流出してしまいました。
それが、昨年秋に神社本庁などの支援を受けて本殿が再建され、再建を祝う秋祭りではとっても多くの雄勝町民で賑わいました。(このブログもみてね)

そして、秋祭りに続いて、新年の春祈祷における獅子振りも、今回はじめて復活しました。
この復活には大きな意味もあります。

雄勝中心地区には、6つの集落があり、2000人近くが住んでいましたが、数軒を残してほとんど壊滅してしまいました。そして、家を失ったほとんどが、集落の単位を壊されたまま、町外バラバラに避難している状態がつづいています。

もともと、雄勝では地区単位の結びつきが非常に強く、同じ町内でも隣の集落のことはよくわからないとか、関心がないということも珍しくありません。それを象徴するような話を聞きました。
雄勝町外、石巻中心部近くに開成仮設団地という数千人住む一大仮設団地があります。ここには雄勝だけでなく、旧石巻市、北上、河北、牡鹿など様々なところから集まっています。その中でぽつんぽつんと、雄勝から避難した方の部屋も点在しています。
私達からみると、住み慣れない地では、雄勝の方同士で声をかけあって、まとまっているものだと思っていたのですが、実際にはあまり交流はみられません。

『雄勝から来たったって、○○さんは隣の集落だから話もかみ合わねぇんだ』

宮城県、石巻市、雄勝町。
それぞれの単位での感覚があるはずですが、雄勝に住んでいる方にとっては、雄勝町という単位すらピンと来ず、水浜とか伊勢畑、というように自分の集落単位が感覚的に「オラが浜」の単位の基本になっています。

いま、雄勝で家を失った3000人(震災前4000人)の9割近くが町外に住んでいます。
もともとあった地区会の多くは解散あるいは機能しておらず、仮の土地にバラバラに避難している現状では、すでに「オラが浜」を意識する機会がほとんどありません。



話は戻って、新山神社での獅子振りの話。
新山神社では、震災前まで、恒例の獅子振り大会がありました。

雄勝中心地区のうち獅子振りを行う5地区が、家々を回る前に、まず神社境内でお披露目(神様への奉納ですね)を行い、5地区それぞれが、独自のスタイルで勇壮な舞を披露します。
地元の方は、自分の地区の獅子振りが一番だ!とそれぞれに素晴らしい舞を競い合うので、自然と「獅子振り大会」といっていたそうです。

新山神社で復活した今年の獅子振りには4地区が参加し、見事な舞を見せてくれました。

今回、神社が復興し、お祭りが復活するにあたり、獅子振りを行うことに
非常に大きな意味がありました。

『震災後はじめて、オラが浜(地区)を実感するハレの機会ができた』

ということです。

震災以降、それまで日常だったお隣さんとの立ち話ができない、
集落でこれまで行っていた集会がない、消防団も婦人会も老人会もない。
そして、すでに戻るべき土地は強制的に規制をかけられ戻ることもかなわない。
新しい集団移転の候補地には、集落という単位は全く考えられていない。

そういう現状の中で、雄勝の中心地区にとって、震災後はじめて、集落としてのまとまりを実感する場になったのです。

獅子振りを見て涙を流す人も数多くいました。
その涙の意味するところを、深く考えなければ、ならないのでは、ないでしょうか。

2013年1月2日水曜日

おがつ新聞 平成25年1月 新春特別号 特別サイズ発行しました

おがつ新聞、平成25年1月 新春特別号が出ました。

今回はなんと、今までの倍のサイズの紙面となりました。
それは、新春特別号の特別たる企画

『雄勝を支援された方からの
応援メッセージお届けします』

に、とっても多くの方が賛同してくださったからです。

 
昨年末、依頼させて頂いた皆様はさぞ忙しかったことでしょう、
そのような中で、快く雄勝へのメッセージをくださり、この場を借りて
改めて感謝申し上げます。
 
岡野玲子様、杉良太郎様、黒木瞳様、伍代夏子様、手塚眞様、サンドウィッチマン伊達様、サンドウィッチマン富澤様、書道ガールズ(愛媛県立三島高校書道部)様、高橋佳生様、竹下景子様、藤井フミヤ様、黛まどか様、南野陽子様、三船和子様 (五十音順)
 
 
皆様からの心温まるメッセージが、ひとりでも多くの雄勝の方々に届きますように。
ひとりでも多くの雄勝の方々が、メッセージから前向きに生きる力を授かりますように。
 


明けましておめでとうございます

 
 
新年明けましておめでとうございます。
 
雄勝まごのて診療所のある、雄勝町水浜 漁港から
初日の出を拝みました。
 
今年も、どうぞよろしくお願いいたします