2012年5月29日火曜日

誕生日

本日5月29日は何の日でしょう??そう!雄勝まごのて診療所開院の日。今日が満1歳の誕生日です。
開院当日
1年前の5月29日早朝、いよいよ今日から開院だな~、と水浜の診療所に向かっていると、突如、急患を知らせる電話が入りました。
熱を出して動けない というので、そのまま準備そっちのけで往診に向かいました。
カルテ番号1番のその患者さんは、今でも毎週通院して元気な顔を見せてくれています。
開院第1日目は暴風雨の悪天候で波乱の幕開けでした。
それでも、避難所からの顔なじみの患者さんが来院されました。
診療所を開こうと思ったのは、町の人たちの「病院がなければ、心配で町に残れない」という声を数多く耳にしたからです。
とにかく、すこしでも多くの方に雄勝に残っていただきたいという気持ちでした。
町中の建物という建物がすっかり消滅してしまった中で、診療所を開くにあたって、水浜の水産業を営んでいた方が、
「先生が来てくれるなら」と二つ返事で作業場の建物を無償で提供していただきました。
本当にありがたいお話しでした。
まだまだ流通が十分でない時期に、被災した老健施設から、机やベッドなど必要な備品も提供していただきました。
宮城県の担当の方も異例の速さで手続きを進めてくださって、2011年の5月29日に
「雄勝まごのて診療所」開院しました。
雄勝まごのて診療所がある雄勝町水浜の様子。
手前の百数十軒の家は全て流出
1年が過ぎて、現在の雄勝の状況は、といいますと、ガレキはだいぶ片付きましたが、街中にまだ建物らしい建物は立っていません。
町内の仮設住宅に残っているのは、海を生活の糧とする漁業者の方々と、年金生活のご高齢の方々ばかりです。
むしろ、町中に仮設住宅が作られなかったため、大半の方は町外に出ざるを得なかったのです。
その方たちの中には、町外に出ているため、町の復興に関して、意見を言うのに後ろめたさを感じる、と思って口をつぐんでいる方が少なからずおられます。
何も、雄勝の外に出たくて出たわけではありません。
雄勝に戻りたい、すぐにではなくても、将来戻ってきたい若い世代の方がこそ、意見をどんどん出してほしいです。


 
おがつ新聞、第2号を発行しました。
明るい紙面づくりをめざし、今の雄勝の日常を町内外の方々にお伝えしたいという思いで作っています。
★おがつ新聞第2号 → http://ogatsu.info/shimbun.html

開院した時の感謝の気持ちを忘れずに、
町の方々が安心して住めるようになるまで、
期間を区切らずに、雄勝まごのて診療所も続けていきたいと思います。
1年間本当にありがとうございました。
これからもどうぞ宜しくお願い致します。

2012年5月26日土曜日

おがつ新聞 地元紙でご紹介頂きました

平成24年5月24日 地元紙・石巻かほく(三陸河北新報社)にて、おがつ新聞を紹介いただきました。

同じ町に住んでいた人同士がバラバラになったことは、あまりにも大変なことです。
近所の方との話、という最も身近な情報入手ができません。

住み慣れた場所で暮らしていると、地元の情報なんて特に必要ないと思っていても
住み慣れない場所に移ると、地元の情報を得るのがいかに難しいか。
海外に住まれる日本人の方と話をしていても、痛いほどにその難しさを感じます。

これからも少しずつですが、できることを続けて参りたいと思います。




2012年5月21日月曜日

おがつの春祭り


おがつ新聞 http://ogatsu.info/ 、もうご覧いただけましたか?

おもての記事でお伝えしたように、今年雄勝で春祭りが復活しました。
5月5日大須、5月9日 桑浜羽坂、5月13日 立浜。

5日の大須のお祭りは、ゴールデンウィークの真っただ中でもあり、大勢でにぎわいました。
普段町外に住んでいる息子さんや娘さんが、お孫さんを連れて帰ってきたり、祭りの再開を聞きつけて、親戚が訪ねてきたり、遠くからのボランティアの方々も、ここぞとばかり参加しました。


大須の神輿は、担いだまま海に入る荒神輿。天候が心配されましたが、絶好のお祭り日和でした。チョーサイ・ヨーサイの掛け声に合わせて、色とりどりの「襟さし」(はっぴみたいなもの)を着た担ぎ手が、神輿を左右に揺らします。さらにころあいをみて、ワーという掛け声とともに、神輿の前方を60度くらいまで、放り上げ、ダダッツと前へ走ったかと思うと、落ちてきた神輿をキャッチ。
つかむやいなや、180度グルっと方向転換する。

と、かなり激しく、これを何度も繰り返すので、担ぎ手はヘトヘトです。
晴れていたとはいえ、海に入って濡れた体は、風が吹くと相当寒かったようで、ぶるぶる震えていました。
また、予想外だったのは、震災後に地盤沈下し、海の地形も変わってしまっていたそうです。
足元が急に深くなり、海底に何があるのか分からない状態で、神輿もろとも溺れそうになりました。元の地形は熟知していた地元の若い衆も、大慌てしてたとのこと。何とか無事に見せ場を乗り切りました。

午前の部が終了すると 御神楽が奉納されました。神楽が4時間たっぷり終わると、最後に神輿を神社に収めるのですが、これが一筋縄ではいきません。
なんどもゆすりあいせめぎあいがあって、最後のクライマックスです。

こんなににぎやかなのは久しぶり。と町の方たち。日焼けした満面の笑顔。お祭りは町の人たちを一つにする働きがあるのですね。

立浜の神楽では、大トリの「産屋(うぶや)」の演目で、去年生まれた赤ちゃん登場。
町の復興のシンボルとして、祝福の拍手喝采を浴びました。

春祭りの再開、町の復興に向けての大きな大きな一歩です。




2012年5月3日木曜日