2012年2月13日月曜日

震災後11か月が過ぎました。

震災後11か月が過ぎました。

相変わらず日曜と月曜、週2日の雄勝まごのて診療所の診療を続けていますが、
そのほかにも、雄勝の町づくりに関する活動で、品川と雄勝を行ったり来たりの生活です。


月曜の診察が終わっても、諸事を片づけていると東京への終電に間に合いません。火曜の朝6時25分仙台発、はやぶさ2号に乗るのが常です。8時きっかりに東京駅に到着するので、そのまま品川のクリニックで診療になります。天気のいい日には大宮駅付近で、きれいな雪化粧の富士山が見られます。


さて、2月10日、復興庁が発足しました。縦割り行政を打破し、被災地からの直接の意見を吸い上げて、ワンストップで復興事業を直接実施する権限を持つそうです。11か月たってようやく、という感じですが、今後の復興スピードに注目したいです。

震災から11か月経って、現地はどうですか?と、東京でよく聞かれます。ガレキが撤去された分、だだっ広くなった沿岸部には、建物という建物もなく、工事の車両以外に人の往来も少なく、本当に何もなくなってしまったのが実感されます。寒い季節なので冷たい風が通り抜けるとなおさらです。

同じ3.11の被災地でも、地震の被害のみの内陸部と津波被害を受けた沿岸部では、復興の進捗度は全く違っています。たとえば、商工業については、宮城県の商工業者82.4%は事業を再開しているそうですが(河北新報2月10日)沿岸部と内陸部では大きく差があります。牡鹿地区では再開・継続率は14.7%と沿岸部で復旧が遅れています。雄勝に関して言えば、おそらく同じ状況と思われます。
このような地域格差が生じた理由は、被害の程度の違いだけでなく、仮設住宅用地が町内に確保できず、町民がまとまることができなかった事が挙げられます。雄勝町では、4000人のうち、3000人が町の外の各地に分かれて避難せざるを得なかったのです。
そのため、町民どおし連絡もとれず、話し合いも持てなかったのが、11か月たった今、復興が遅れている原因の一つとなっているように思われます。

その事にようやく気が付き、雄勝町中心部では、復興に向けての住民の話し合いが持たれ、前進の兆しが見えてきました。

住民の中でも特にご高齢の方は、仮設住宅の不便な生活にしびれを切らし、一刻も早くどこでもいいから、災害復興住宅を建ててケロ。という意見も多く聞かれます。また、被害があった地域には到底住む気にはなれない。戻らないのであれば、土地の買い取り価格を早く提示してほしい、という意見もあります。一つではまとまらないのが現状です。

それぞれの意見を尊重しつつ、早期に住居に入りたい方には、安心できるための災害公営住宅を。まだ様子を見たいという人も、後からでも故郷の町に戻れるように。一律ではなく、多くの選択肢が示されるべきです。復興は競争でもなんでもありません。早い者勝ち、手を挙げたもの勝ちであってはいけません。早く復興計画が建てられた町には道標となっていただきながら、それぞれの町に合った形で、住民主体で進められていくべきではないでしょうか。

2012年2月8日水曜日

2月11日(土・祝) 東北放送(TBC)16:30~ TBCルポルタージュ「震災の記憶」:雄勝復興の過程を特集

■東北放送 震災関連テレビ番組■
TBCルポルタージュ「震災の記憶」
2月11日(土)16時30分~17時30分 

東北放送テレビ(1チャンネル):宮城県限定。

今の雄勝のまちづくりを特集しています。雄勝のまちづくりがなぜ混乱しているかを、様々な角度からとらえた、非常に考えさせられる内容の番組です。

http://www.tbc-sendai.co.jp/kizuna/program.html