2012年12月25日火曜日

ホワイトクリスマス

身を切るようなクリスマス寒波でしたが、みなさんはあったかく過ごせましたか?

雄勝でも23日から雪が降り、夜の間に積りました。24日朝は車がカチンコチンに凍ってフロントガラスも真っ白。まさに車が「冷凍マグロ」状態(笑) 道路も凍結、車を出すのにひと苦労でした。

雄勝の患者さんたちとも「ホワイトクリスマスだっちゃ」「んだね~」と話ながら診察終了。

診療を終わってから仙台方面に向かう途中、「そうだ、OH!バンです でお世話になったスタッフの方々に、年末の挨拶をしていこう。」と思いつき、おがつ新聞12月号を持って、宮城テレビ(通称ミヤテレに)寄ってみました。

するとなんと、「OH!バンデス」で、何度も雄勝の事を取り上げてくださって、今年一年大変お世話になった高橋佳生さんが、収録前のお忙しい時間に出てきてくれました。

さらにさらに、あっと驚く出来事が。
再会できただけでもラッキーだったのですが、ご好意で特別に、スタジオ生収録の見学をさせていただいたのです。思ってもいなかっただけに大感激。

OH!バンデスのスタッフのみなさん、総合司会のさとう宗幸さんをはじめ、とってもアットホームで和気あいあい。スタジオ全部が い~い雰囲気でした ^^)

最高のクリスマスプレゼントを、ありがとう!!

来年も雄勝をよろしくお願い致します。

★おがつ新聞「新年特別号」は みなさんもアッと驚く楽しい企画で、現在作成中です。
できるだけ年内にお届けしたいと思っています。どうぞお楽しみに。




2012年12月7日金曜日

おがつ新聞12月号 できました!

遅くなりましたが、おがつ新聞12月号ができました。

↑↓画像をクリックすると拡大します

今日から配達中です。もう外は吹雪です。寒いよー



2012年11月11日日曜日

ミラノからの呼びかけで、雄勝・石巻への支援!

11月11日に、ミラノ在住のジャーナリスト・野口祐子さんによる
チャリティーパーティーが東京にて行われました。

野口さんは、単身でイタリアに渡り、イタリアの自動車業界に
幅広い人脈を築かれ、国内外の自動車関連産業、メディア等に
多大なる貢献をされていらっしゃいます。

そのような野口さんが、東日本大震災後、それまで全く縁のなかった
石巻の惨状に心を痛め、多忙な中、現地を何度も訪れると同時に
様々な支援をされています。

特に心を打たれたのが、イタリアの名だたる自動車業界の巨匠の方々に
直接訴えることで、東日本大震災への復興を祈念・激励する貴重な
メッセージを頂いたことです。 同じ地震国、イタリア故にそのメッセージの
ひとつひとつには心を打たれます。
是非、是非、じっくりと目を通してください。

http://motorpress.jugem.jp/?eid=497

また、このメッセージは冊子にされ、パーティー会場で配布されました。
雄勝まごのて診療所でも置いておりますので、ご覧ください。


そして、このパーティーでのサプライズとして、野口さんが1年をかけて
かき集めた貴重な自動車関連のグッズや、パーティーに参加された
方々、共感された方々からのプレゼントを集めてオークションにかけ、
そこで集まった全額を、石巻市雄勝町のために、とまごのて救援隊に
ご寄附頂いたのです。

集まった額は16万円!

皆様の善意を、雄勝にお届けします!本当に有難うございました。

2012年11月9日金曜日

チャリティーイベント in ウィーン




今春、まごのて救援隊をご支援頂きました、ウィーン在住の音楽家有志による
東日本大震災復興チャリティコンサート 「Austria for Japan」が
第7回目のコンサートをウィーンにて開催されます。

http://atforjp.exblog.jp/

Austria for Japanはウィーン国立オペラ座専属歌手の
平野和さん、ピアニスト平野小百合さん夫妻が運営され
ウィーンの有志と共に開いたコンサートやバザーなどで集められた
多額の寄付を被災地に送られています。

 ※おがつ新聞5月号 どうぞ参照ください

遠く離れた地からの、皆様の温かい心が、ぐっと伝わってきます。
本当に有難うございます。

*****
11月17日(土)日本人学校バザーは10:30より13:00まで開催されております。
Austria for Japanの出演時間 第1回目11:15、第2回目12:15

Japanische Schule in Wien
1220 Wien,Praundaugasse 2
(ウィーン市22区、ウィーン日本人学校)

Mitwirkende:Blasquintett
Trompete トランペット Shoko Iida(飯田祥子)
Trompete トランペット Yui Kimura(木村結衣)
Trompete,Flügelhorn トランペット・フリューゲルホルン Ayako Tanoguchi(田之口綾子)
Tenorposaune テナートロンボーン Tomomi Matsuo(松尾知美)
Bassposaune バストロンボーン Yu-Nan Liu(劉昱男)

Eintritt : freie Spende
入場料:無料(被災地のためのご寄付をお願い致します)

Infos (お問い合わせ) : atforjp@gmail.com

2012年11月4日日曜日

雄勝中心地区の神社が再建されました!

11月4日、伊勢神宮・神社本庁などの支援によって、新山神社の本殿が再建しました。

新山神社は被災して流出した宮城県の神社のなかでも、県の神社庁による再建第1号なのだそうです。

雄勝地区住民の云わば心の拠り所ですので、どんなにか皆さん心待ちにされていたことでしょう。
なにより、この神社本殿が、震災後の雄勝におけるはじめての公共の建物ということに大きな意味があります。周囲は更地のままで、未だ被災した建築物の解体が続いている中で、ひときわ明るい出来事となりました。


例年なら10月19日に行われる秋祭りは、今年は本殿竣工奉祝祭として11月4日から行われました。当日は天気にも恵まれ、会場には数百人の雄勝の方々で盛り上がっていました。
特に、若い方がたくさん来られていたのが嬉しかったです。

今年の雄勝町内の秋祭りでは、唯一この新山神社だけで御神楽が行われ、みな子供のころから慣れ親しんだ笛太鼓の音色に心躍らせていました。

町外に仮住まいされている雄勝住民の方々も、久しぶりに会う顔に会話が弾んだのではないでしょうか。

2012年11月1日木曜日

11月1日 おがつ新聞11月号発行しました

月一回の更新になってしまってすみません!

おがつ新聞11月号、できあがりました。
今回は震災後、雄勝の女性陣が仮設住宅などで手作業で始めた「クラフト」特集です。
題して「雄勝発 手作りクラフトの粋」

↑ 画面をクリックすると、新聞のページが開きます

これらのクラフト品は、おがつ店こ屋街のイベントで販売されるほか、町内外で販売しているものもあります。東京でも購入できるものもあるので、御関心ある方はお気軽にご連絡くださいね。(おがつ新聞090-3369-3014)



2012年10月19日金曜日

10月1日

暑い残暑の9月が終わり10月になりました。
心配された台風ですが、夜のうちに駆け抜けていきました。石巻市には避難勧告が出されましたが、特に大きな被害はなかったようです。

雄勝まごのて診療所のある水浜では、旧保育所でお楽しみ会が行われました。お赤飯とお煮しめと笹かまを食べながら、歌ったり踊ったり。自慢の芸達者ぶりを見せていただいて、楽しいひと時でした。

東京駅の駅舎復旧工事が終わり、いよいよ公開になりました。南北ドームの屋根には、被災した雄勝スレートが使われています。一枚一枚、ガレキの中から拾い上げて職人さんが丹念に洗って仕上げたのです。そういう思いで見上げると、感慨も一汐ですね。

おがつ新聞 10月号、雄勝すずり特集です。もうすぐ出来上がりますので、いましばらくお待ちください。お楽しみに。

2012年9月18日火曜日

うれしい3連休でした!

3連休、みなさんはいかがお過ごしでしたか?

まごのて診療所、敬老の日に、お孫さん連れの息子さん娘さんが親孝行に来られていたのでしょうか、患者さんはいつもよりちょっと少な目でした。

「患者さんも落ち着いているし、どれ町のスポレク祭りの様子でも、ちょっくら取材に行こうか」と11時くらいに外に出てみたら、上の仮設住宅の方から坂道を下ってくる人が。え~?

品川の山王クリニックの患者さんのご家族です。どうしてここに??
「北海道ドライブした帰りに、ちょっと寄ってみました」ですって。
ちょっと寄れる距離じゃあありませんよ!! 本当に驚きました。

暑い待合室(エアコンありません)で扇風機まわしながら話して、次の患者さんを診察して、また待合室に戻ってみると。今度は待合室の人が3人に増えているじゃあありませんか!

なんと、品川のクリニックに長年通っている、おばあちゃんとその息子さんです。
はるばる東京から車で来たそうです。

おばあちゃん(御年87歳です)いわく、「車の乗りでがありました」ですって。唖然。

お元気ぶりにただただ敬服。これが本当の敬老の日です(笑)。

まさか「雄勝まごのて診療所」で東京の患者様にお会いするなんて、うれしい驚きでした。
皆さんに支えられて、続けさせていただいている、雄勝まごのて診療所です。
皆さん本当に、ありがとう!

2012年9月14日金曜日

雄勝町中心部の現状です

阪神大震災で大火災に見舞われた神戸市・長田地区

猛烈な勢いで進む神戸市の復興計画に対し、住民の声が
届く復興まちづくりに尽力され、数々の表彰を受けた
「まちコミュニケーション」(本部:神戸市長田区 代表 宮定章)
にて雄勝の中心部の現状をお話しさせて頂きました。

少しでも雄勝の復興に住民の声が反映されるように
東北の復興に直接携わる神戸の先生方にお聞き頂きました。

画面をクリックすると開きます


今回ほど大規模な津波被災地の復興において、住民の声をまちづくりに反映するためのあらゆる情報やノウハウ・人的パワーが決定的に不足しています。

まごのて救援隊において「情報支援」として、現地に常駐し、岩手・宮城・福島被災地や奥尻島など過去の被災地、霞が関、神戸などに向かい情報収集し、住民の声を反映させたいという町民の活動に活用して頂いております。現在では物資・医療面の支援より大きな時間・費用・エネルギーがかかっています。

数字や結果として現れにくい活動ではありますが、今後ともご理解・ご支援頂けましたら幸いです。

2012年9月12日水曜日

雄勝町の現状

昨日で震災から1年半がたちました。

必死で生活を再建しようとする雄勝の方々を支え、また紹介することを続けてきましたが、綺麗ごとでは済まないのが現状です。


雄勝町で住民不在の復興計画が進むことを警鐘してきましたが、
もはや、私達が語らずとも、多くの専門家が気づき報告しています。
その一部ですが、ご紹介します。
震災はまだ、人災という形で続いています。


・都市計画専門家による報告
http://d.hatena.ne.jp/hiroharablog/20120912/1347411622

・ジャーナリストによる報告
http://sakura3411.at.webry.info/201208/article_3.html

また、9月9日に放映された「NHKスペシャル 東日本大震災 追跡 復興予算19兆円」
には大きな衝撃を受けました。
 →動画サイト http://www.dailymotion.com/video/xtgdwr_yyyyyyyy-yyyyyy-yy-yyyyyyyy_news

住民がどれだけ期待しても、行政に再建する意志がなければ町は消えゆく


石巻市は、町外バラバラに避難し、まだ生活もままならない被災者に対して

「あと1か月(H24.11月)で雄勝に戻ると伝えなければ造成地は用意しない、元の土地は住めなくする」

と最後通告を出しています。(「11月頃に、戻る人達から最後の意思確認をさせて頂く」8/19説明会にて)

雄勝に住んでいた住民の方々が、11月以降、雄勝にやっぱり戻りたい!と思ったら、
自力で、浸水していない土地(開発困難な場所、地元の方々には受け入れ難い場所)に
造成または移転してくださいという意味です。 (もしくは、建築規制がかかるまでに現地再建)


住民は疑問を持ったり反発する力もなくなるほど放ったからしにされ、地元を離れざるを得ないという決断をとっています。


3000人の避難者の苦悩が続きます。

2012年9月5日水曜日

まごのて救援隊 活動写真/ラジオ youtubeアップしました

9月3日のNHKラジオ生放送は、これまでの、まごのて救援隊での活動を振り返る機会となりました。お聞きいただきました皆様ありがとうございました。

このインタビュー音声に合わせて、これまで公開していなかった、震災直後の活動の様子などをスライドショーにしてyoutubeに公開しましたので、ラジオを聞きのがした方も、聞かれた方も、是非ご覧になってみてください^^

youtubeアドレス → http://youtu.be/bqz64aLqvjk




2012年8月25日土曜日

9月3日 NHKラジオで1時間生放送です! 雄勝まごのて診療所 

9月3日に、NHKラジオ第一(全国放送) 午後4:05~4:55分
『つながるラジオ・特別編』

にて、雄勝まごのて診療所(まごのて救援隊)が
1時間生放送で出演します。


ラジオはインターネットからも聞けますので、
ぜひ聴いてみてください!
★NHKラジオ第一のサイトは  → http://www.nhk.or.jp/r1/




・NHKラジオ第一 各地の周波数は
仙台中継局891Hz 志津川981 鳴子・気仙沼1161 関東594 大阪666 など
http://www.nhk.or.jp/r1/amradio/tvres5/h50302.htm

2012年8月20日月曜日

住民説明会・意見交換会に行ってきました

8月19日、雄勝町の隣町にある集会場で住民説明会が行われました。


昨年12月以来の、全住民対象の説明会とあって、会場には約300名の住民が集まりました。

遠方からはるばる来られた方、多くの期待をして来られた方も多かったようですが、
残念ながら今回も行政側が一方的に考えた案の、一方的な説明でした。

住民の知らないところで、戻ろうと思っても戻れない計画が進み続けます。

会の様子は こちら → おがつ新聞web 「雄勝復興情報」コーナー をご覧ください。

2012年8月7日火曜日

暑い夏です

毎日暑いですね。暑くて寝苦しいのに加え、オリンピック観戦で、睡眠不足の方も多いのではないでしょうか(笑)。
東北出身(仙台・青森)の卓球女子団体、メダル決定という嬉しいニュースがありました。フェンシング、気仙沼出身の千田選手の銀メダルで東北が沸きました。また、ハンマー投げの室伏選手は、「東北の被災地との交流で新たなエネルギーをもらった。それがここに立っている要因だと思う。」と銅メダルの喜びを語ったそうです。胸が熱くなります。 

雄勝は朝夕は涼しいのですが、日中は灼熱の太陽が照りつけます。

おがつ新聞の配達も楽ではありませんが、一軒一軒お届けする時に、「楽しみにしてるよ~」
「いつもありがとう」「お疲れ様~どうも、どうもね~」と言ってくださるのが嬉しくて、また頑張らなくちゃと思います。
おがつ新聞8月号です!詳しくは→ http://ogatsu.info

昨日の河北新報に、おがつ新聞の記事が掲載されました。
http://www.kahoku.co.jp/news/2012/08/20120806t15006.htm
早速「うちにも送って下さいますか?」というお問い合わせがありました。

雄勝の今を伝えたい。月1回発行です。

2012年7月31日火曜日

雄勝だっちゃ祭り、大盛況でした!!

7月29日(日)、「雄勝だっちゃ祭り」、盛大に行われました。

だっちゃ祭り実行委員、前日から猛暑でヘトヘトになりながら会場設営やくじびき景品の仕分け、ラッピングなどなど準備しました。
何人来てくれるのかなぁ~? 子供たちがたくさん来てくれるかしら。取りあえず天気は晴れだからいいとしても、皆目見当もつきません。

9時ころから町の方たちが集まり始め、おばあちゃん、お孫さん、小さいあかちゃん、小学生を連れたおかあさん、続々と集まりました。雄勝タクシーの送迎バス(おがつ号)で仮設住宅の方々も連れ立ってやってきました。バスが到着するたびに、町の方々の見知った顔が。南三陸観光バスでは石巻からも多くの方々が乗ってきてくれました。

「受付でくじ引きの番号札をお受け取りください~豪華景品が当たりますよ!空クジなしです」
とアナウンス。

焼肉のお肉は、東京食肉市場卸商協同組合の呼びかけでスターゼンさんからとびきりのお肉が届きました。炭火の焼肉と共にとうもろこし、玉ねぎ、やきそばの焼けるいい香りが会場にいっぱい。「ビールは?」「ノンアルコールです」
暑い中、焼肉係は汗だくでした。

ブルーシートで屋根を作り、日蔭に椅子を並べて腰かけて、みなさんお話をしながらおいしそう。暑いのでかき氷が大人気。

子供達はヨーヨーすくい、綿あめ、水を張ったプールでスマートボールすくい、本格的な空気銃で的を射とめる射的ゲームなど、盛りだくさん。長野からのゆかたのお姉さんたちが、ちゃっこい子達と遊びました。

12時からはスイカ割り。1年生から順番に熊本から届いた大きなスイカを割りました。
「スイカの名産地」という歌ご存じですか?ギターを抱えたスイカの名産地おじさん、歌と振りをみんなに教えてくれて、みんなで振り付きで歌いました。割ったスイカは切り分けていただきました。
とっても甘くておいしかったです。

そしてなんと!雄勝出身のシンガーソングライターデュオ、「ザ・ティップス」のお二人が、急遽、駆けつけてライブをしてくださったのには大感激。
懐かしい歌の数々に加え、オリジナルのおがつ言葉の歌とトークに大いに盛り上がりました。

なんといっても 総勢200名以上のおがつ町の方々が参加し、町を離れた方々や町外の仮設住宅の方々も、久しぶりに顔を合わせてお話したり、笑ったりできたのは大成功でした。

全国からたくさんの応援をいただいて、大盛況のうちに、熱中症で倒れる人やけがをすることもなく
無事に終了することができました。

皆さん、本当にありがとうございました!!!

2012年7月10日火曜日

日曜朝からピンポンパンポ~ン

7月8日日曜日の朝、6時40分。
ピンポン パン ぽ~~ん♪
町内に無線アナウンスが鳴り響きました。

町内の皆様。
本日は避難訓練です。警報が鳴りましたら、高台に避難してください。

石巻市で一斉防災訓練が行われました。

それぞれ思い思いの物を、リュックやカバンに詰めて、避難場所に向かいました。
あとから患者さんからうかがった話。
「薬がないのが一番ひどがったね~」 お薬1週間程度や絆創膏は必須アイテム。
それから下着。女の人たちはこれがきつかったようです。歯ブラシもひでかった~。
保険証や免許証、通帳、水、食料。懐中電灯、防寒用具などなど。

(仮設住宅は)高台にあっから これ以上たげ(高い)とこさ 逃げなくってもいんだげどもね~(笑)

それでも震災の教訓が生かされて、備えは万全。安心ですね(^^)


さて、7月29日(日曜)「夏だっちゃ!雄勝だっちゃ!みな来てけらいん!」
通称「だっちゃ祭り」を開催することになりました。http://ogatsu.info/shimbun2407_1.pdf
少しでも町民の方々の交流が図れるように、特にお子さんたちに来ていただきたいなぁ~
と思って、夏休みのこの時期を選びました。

だっちゃ祭り実行委員、目下準備に大忙し。

いろいろな支援物資が続々と届いています。
夏といえば スイカ割り! 熊本の支援者の方にお願いしたところ、快くスイカをお届けいただけることになりました。子供たちが喜びそうですね。

夏は何と言ってもバーベキュー。お肉を、品川駅東口の食肉卸商協同組合さんに、ダメ元でお願いしに行ったところ、組合員さんのご協力で、ご提供いただけることになりました。感謝です!

さらにさらに。子供向けのイベントだということで、Facebookで呼びかけをしてくださった方がいらっしゃって、昨日8日日曜日、段ボールいっぱいのおもちゃやお菓子を
雄勝まごのて診療所まで 持ってきてくださった方もいらっしゃったのです。

こんな不便で交通手段がない雄勝まで、直接持ってきてくださるなんて!!涙がでます。

昨夜は夜遅くまで、だっちゃ祭り委員、会場の打ち合わせを行いました。
皆さんがたくさん集まっていただけるように、雄勝タクシーさんと南三陸観光バスさんにもご協力いただけることになったのです。乗り場や時刻表、もう少しお待ちくださいね。

本当に ただただ感謝です。皆さんありがとうございます。



2012年6月25日月曜日

サプライズ


町の方から、祝一周年のプレート付ケーキをいただきました!

温かいお気持ち有難うございました

2012年5月29日火曜日

誕生日

本日5月29日は何の日でしょう??そう!雄勝まごのて診療所開院の日。今日が満1歳の誕生日です。
開院当日
1年前の5月29日早朝、いよいよ今日から開院だな~、と水浜の診療所に向かっていると、突如、急患を知らせる電話が入りました。
熱を出して動けない というので、そのまま準備そっちのけで往診に向かいました。
カルテ番号1番のその患者さんは、今でも毎週通院して元気な顔を見せてくれています。
開院第1日目は暴風雨の悪天候で波乱の幕開けでした。
それでも、避難所からの顔なじみの患者さんが来院されました。
診療所を開こうと思ったのは、町の人たちの「病院がなければ、心配で町に残れない」という声を数多く耳にしたからです。
とにかく、すこしでも多くの方に雄勝に残っていただきたいという気持ちでした。
町中の建物という建物がすっかり消滅してしまった中で、診療所を開くにあたって、水浜の水産業を営んでいた方が、
「先生が来てくれるなら」と二つ返事で作業場の建物を無償で提供していただきました。
本当にありがたいお話しでした。
まだまだ流通が十分でない時期に、被災した老健施設から、机やベッドなど必要な備品も提供していただきました。
宮城県の担当の方も異例の速さで手続きを進めてくださって、2011年の5月29日に
「雄勝まごのて診療所」開院しました。
雄勝まごのて診療所がある雄勝町水浜の様子。
手前の百数十軒の家は全て流出
1年が過ぎて、現在の雄勝の状況は、といいますと、ガレキはだいぶ片付きましたが、街中にまだ建物らしい建物は立っていません。
町内の仮設住宅に残っているのは、海を生活の糧とする漁業者の方々と、年金生活のご高齢の方々ばかりです。
むしろ、町中に仮設住宅が作られなかったため、大半の方は町外に出ざるを得なかったのです。
その方たちの中には、町外に出ているため、町の復興に関して、意見を言うのに後ろめたさを感じる、と思って口をつぐんでいる方が少なからずおられます。
何も、雄勝の外に出たくて出たわけではありません。
雄勝に戻りたい、すぐにではなくても、将来戻ってきたい若い世代の方がこそ、意見をどんどん出してほしいです。


 
おがつ新聞、第2号を発行しました。
明るい紙面づくりをめざし、今の雄勝の日常を町内外の方々にお伝えしたいという思いで作っています。
★おがつ新聞第2号 → http://ogatsu.info/shimbun.html

開院した時の感謝の気持ちを忘れずに、
町の方々が安心して住めるようになるまで、
期間を区切らずに、雄勝まごのて診療所も続けていきたいと思います。
1年間本当にありがとうございました。
これからもどうぞ宜しくお願い致します。

2012年5月26日土曜日

おがつ新聞 地元紙でご紹介頂きました

平成24年5月24日 地元紙・石巻かほく(三陸河北新報社)にて、おがつ新聞を紹介いただきました。

同じ町に住んでいた人同士がバラバラになったことは、あまりにも大変なことです。
近所の方との話、という最も身近な情報入手ができません。

住み慣れた場所で暮らしていると、地元の情報なんて特に必要ないと思っていても
住み慣れない場所に移ると、地元の情報を得るのがいかに難しいか。
海外に住まれる日本人の方と話をしていても、痛いほどにその難しさを感じます。

これからも少しずつですが、できることを続けて参りたいと思います。




2012年5月21日月曜日

おがつの春祭り


おがつ新聞 http://ogatsu.info/ 、もうご覧いただけましたか?

おもての記事でお伝えしたように、今年雄勝で春祭りが復活しました。
5月5日大須、5月9日 桑浜羽坂、5月13日 立浜。

5日の大須のお祭りは、ゴールデンウィークの真っただ中でもあり、大勢でにぎわいました。
普段町外に住んでいる息子さんや娘さんが、お孫さんを連れて帰ってきたり、祭りの再開を聞きつけて、親戚が訪ねてきたり、遠くからのボランティアの方々も、ここぞとばかり参加しました。


大須の神輿は、担いだまま海に入る荒神輿。天候が心配されましたが、絶好のお祭り日和でした。チョーサイ・ヨーサイの掛け声に合わせて、色とりどりの「襟さし」(はっぴみたいなもの)を着た担ぎ手が、神輿を左右に揺らします。さらにころあいをみて、ワーという掛け声とともに、神輿の前方を60度くらいまで、放り上げ、ダダッツと前へ走ったかと思うと、落ちてきた神輿をキャッチ。
つかむやいなや、180度グルっと方向転換する。

と、かなり激しく、これを何度も繰り返すので、担ぎ手はヘトヘトです。
晴れていたとはいえ、海に入って濡れた体は、風が吹くと相当寒かったようで、ぶるぶる震えていました。
また、予想外だったのは、震災後に地盤沈下し、海の地形も変わってしまっていたそうです。
足元が急に深くなり、海底に何があるのか分からない状態で、神輿もろとも溺れそうになりました。元の地形は熟知していた地元の若い衆も、大慌てしてたとのこと。何とか無事に見せ場を乗り切りました。

午前の部が終了すると 御神楽が奉納されました。神楽が4時間たっぷり終わると、最後に神輿を神社に収めるのですが、これが一筋縄ではいきません。
なんどもゆすりあいせめぎあいがあって、最後のクライマックスです。

こんなににぎやかなのは久しぶり。と町の方たち。日焼けした満面の笑顔。お祭りは町の人たちを一つにする働きがあるのですね。

立浜の神楽では、大トリの「産屋(うぶや)」の演目で、去年生まれた赤ちゃん登場。
町の復興のシンボルとして、祝福の拍手喝采を浴びました。

春祭りの再開、町の復興に向けての大きな大きな一歩です。




2012年5月3日木曜日

2012年4月22日日曜日

雄勝にも春がやってきました!お花見&もちつきin 水浜仮設

422日、日曜日朝9時、いつものように雄勝まごのて診療所で診察が始まりました。
朝から大賑わいですが、皆さんソワソワで要件のみ。血圧測定とお薬もらってさっさと席を立ちます。あれ?いつもと違うモード。

それもそのはず。今日は待ちに待ったお花見です。
もう何ヶ月も前から、「花見すっから先生もけらい~(来てね)」とのお誘いをいただきました。

水浜仮設住宅はもともと小学校があった高台にあります。震災より前に小学校の建物を壊す際、水浜地区の人たちが桜だけは残して欲しいと要望を出し、桜の木は残されました。3.11の津波でも高台にあるここの桜は残り、去年も見事に花を咲かせたのです。

今年の桜はまだまだ5分咲き程度でしたが、花曇りの空の下で、臼と杵で餅つきが行われました。

11時からというご案内だったのですが、午前の診療が12時までだったので、
それから坂道を上がって行ってみると、もう宴たけなわ。
仮設の外に敷かれた段ボールの上に、ちゃぶ台やこたつを囲んで座布団の立派な花見席が設けられていました。なんと!すでにお餅は完売寸前。
つきたてのホカホカやわらか~いお餅はよっぽどおいしかったのでしょう。

「あらあ 先生、遅い~」といいながら、お母さんたちが
あんこ・きなこ・納豆・お雑煮にタケノコの炊き込みご飯と味噌おでん。あっという間にかき集めてくれて、美味しくお腹いっぱいいただきました。

ふとみると向こうの席では、真っ昼間から出来上がって、赤い顔をしているお父さん達もいます。
花見ということで、娘さんや息子さんがお孫さんを連れて帰ってきてくれて、普段はいない若い人たち、子供たちが元気に駆け回ってはしゃいでいて、とっても明るい雰囲気でした。

みんな本当に楽しそう。

水浜仮設の方たち、元気に暮らしています。

2012年3月12日月曜日

東日本大震災から1年が過ぎました

未曾有の大震災から1年たちました。
石巻市各地で慰霊祭や献花など行事が行われました。
まごのて診療所のある雄勝町でも慰霊祭が行われ、
地震発生の午後2時46分には 1分間サイレンが鳴り、
黙祷がささげられました。
犠牲になった多くの方々のご冥福を心よりお祈りし、
残された方々の復興を強く願います。
雄勝まごのて診療所のある雄勝町水浜地区。

この1年、無我夢中で「まごのて救援隊」の活動を続けてきました。

被災された方には震災の爪痕・痛手を拭い去るにはあまりに短すぎる一年だったと思います。
避難所や仮設で過ごされ、復興を待つ身には長く感じられたことでしょう。

私達にとっては、長い長い一年でした。
震災前と全く違った土地で、多くの方々と出会いました。
最初は物資の輸送と医療支援が中心でしたが、
めまぐるしく変わる雄勝町状況に対応するために、
文化活動、教育、仕事の支援などなど。
これまでのブログをご参照ください。

走り回って情報を集め、情報の発信、町づくりのサポートを続けています。

多くの方々にご支援いただき、温かい励ましの言葉をいただきました。
本当にありがとうございます。

被災地の今は、まだまだ復興には遠いのが現状です。
ガレキの受け入れ先も定まらず、生活のための商店や公共施設などの建物はまだほとんど建設されていません。町の再建計画が定まっていないためです。

震災の記憶は東北以外では徐々に風化しつつあると感じています。
しかしどうか、忘れないでいただきたい。
どうぞ東北を見守っていてください。
できれば一度でも足を運んでください。

これからも、まごのて救援隊の活動を続けていきます。
御支援宜しくお願い致します。

2012年2月13日月曜日

震災後11か月が過ぎました。

震災後11か月が過ぎました。

相変わらず日曜と月曜、週2日の雄勝まごのて診療所の診療を続けていますが、
そのほかにも、雄勝の町づくりに関する活動で、品川と雄勝を行ったり来たりの生活です。


月曜の診察が終わっても、諸事を片づけていると東京への終電に間に合いません。火曜の朝6時25分仙台発、はやぶさ2号に乗るのが常です。8時きっかりに東京駅に到着するので、そのまま品川のクリニックで診療になります。天気のいい日には大宮駅付近で、きれいな雪化粧の富士山が見られます。


さて、2月10日、復興庁が発足しました。縦割り行政を打破し、被災地からの直接の意見を吸い上げて、ワンストップで復興事業を直接実施する権限を持つそうです。11か月たってようやく、という感じですが、今後の復興スピードに注目したいです。

震災から11か月経って、現地はどうですか?と、東京でよく聞かれます。ガレキが撤去された分、だだっ広くなった沿岸部には、建物という建物もなく、工事の車両以外に人の往来も少なく、本当に何もなくなってしまったのが実感されます。寒い季節なので冷たい風が通り抜けるとなおさらです。

同じ3.11の被災地でも、地震の被害のみの内陸部と津波被害を受けた沿岸部では、復興の進捗度は全く違っています。たとえば、商工業については、宮城県の商工業者82.4%は事業を再開しているそうですが(河北新報2月10日)沿岸部と内陸部では大きく差があります。牡鹿地区では再開・継続率は14.7%と沿岸部で復旧が遅れています。雄勝に関して言えば、おそらく同じ状況と思われます。
このような地域格差が生じた理由は、被害の程度の違いだけでなく、仮設住宅用地が町内に確保できず、町民がまとまることができなかった事が挙げられます。雄勝町では、4000人のうち、3000人が町の外の各地に分かれて避難せざるを得なかったのです。
そのため、町民どおし連絡もとれず、話し合いも持てなかったのが、11か月たった今、復興が遅れている原因の一つとなっているように思われます。

その事にようやく気が付き、雄勝町中心部では、復興に向けての住民の話し合いが持たれ、前進の兆しが見えてきました。

住民の中でも特にご高齢の方は、仮設住宅の不便な生活にしびれを切らし、一刻も早くどこでもいいから、災害復興住宅を建ててケロ。という意見も多く聞かれます。また、被害があった地域には到底住む気にはなれない。戻らないのであれば、土地の買い取り価格を早く提示してほしい、という意見もあります。一つではまとまらないのが現状です。

それぞれの意見を尊重しつつ、早期に住居に入りたい方には、安心できるための災害公営住宅を。まだ様子を見たいという人も、後からでも故郷の町に戻れるように。一律ではなく、多くの選択肢が示されるべきです。復興は競争でもなんでもありません。早い者勝ち、手を挙げたもの勝ちであってはいけません。早く復興計画が建てられた町には道標となっていただきながら、それぞれの町に合った形で、住民主体で進められていくべきではないでしょうか。

2012年2月8日水曜日

2月11日(土・祝) 東北放送(TBC)16:30~ TBCルポルタージュ「震災の記憶」:雄勝復興の過程を特集

■東北放送 震災関連テレビ番組■
TBCルポルタージュ「震災の記憶」
2月11日(土)16時30分~17時30分 

東北放送テレビ(1チャンネル):宮城県限定。

今の雄勝のまちづくりを特集しています。雄勝のまちづくりがなぜ混乱しているかを、様々な角度からとらえた、非常に考えさせられる内容の番組です。

http://www.tbc-sendai.co.jp/kizuna/program.html

2012年1月26日木曜日

まごのて救援隊、今年も宜しくお願いします!

今年の正月は雄勝で迎えました。
水平線から上る初日の出は本当に美しく、自然の雄大さを感じました!

今年も雄勝まごのて診療所、毎週日曜・月曜2日間診療を続けていきます。
どうぞよろしくお願いします。

まごのて救援隊は、診療所と同時に、今年は住民によるまちづくりを支えていきたいと
思っております。雄勝の復興はなかなか進んでおりませんが、昨年末より住民による
活動が活発になっています。

他の被災地の復興は着実に進んでいます。まちづくりの参考として、私達も正月早々に岩手県の田老町に行ってきました。ここはかつて津波の被害に会った後に高さ11mの防潮堤を造り、「防災の町」として知られた町です。「万里の長城」とも呼ばれる防潮堤があったにも関わらず、今回の東日本震災では津波を防ぎきれず大きな被害を受けてしまいました。

高さ11mの防潮堤。階段を上る人と比べると
その高さがわかる


その一因としては防潮堤のために、海が見えなかった事、防潮堤があるので、まさか乗り越えて津波は来ないだろう、という思い込みがあった事が挙げられています。

田老の町は壊滅状態です。しかし復興計画案は見事に進んでいます。
その理由を、地元の方に聞いたところ
「私たちは、地区のみんなが仮設住宅一緒に集まっているから、
 いつでも話合いできるんだよ」
ということでした。 住民主導でまちづくりが練られています。

田老では広大な土地に、数百世帯がまとまって住んでいます。
雄勝でまちづくりが上手く進まないのは、家を無くした3500人のうち、町中には
500人分しか仮設住宅が準備できず、残りの方は町外ばらばらに避難しなければ
ならなくなったからです。 いまだに、お互いの連絡もとれない状況では、
まちづくりの話し合いもなかなかできないのが現状です。