2011年11月29日火曜日

「雄勝中心部は建築規制かけないでかさ上げを」の意見多く、市/支所は地区の意向とりまとめる方針へ@石巻市雄勝町 意見交換会

『本音を言え!』 


『あんたたちはこの町を消したいんだろ!』


11月27日、雄勝総合支所で行われた、住民と市長・市職員との
意見交換会は、熾烈なものでした。

会場を埋め尽くした約100名の雄勝町民は、
石巻市が秘密裡に行っているという、
雄勝の息の根を止める永久建築規制(建築基準法第39条)に
マッタをかけるよう、意見が一致しました。

 平地のほとんどない雄勝町にとって、浸水域の
 永久建築規制は、町の死を意味します。

 雄勝には、600年の伝統を誇る雄勝すずりと雄勝法印神楽
 そして八景島、と3つも国指定の文化財があるのです。



 

これらは、雄勝町民の宝なのです。

石巻市にとって、いえ県にとっても国にとっても
大変貴重な文化なのです。それが、市長をはじめ石巻市役所・
雄勝総合支所関係者の責任放棄によって消えようとするのです。



結果、亀山紘石巻市長・桜田公二建設部長・相澤清也雄勝総合支所長の3名は
住民の合意なしに、建築規制をかけないと明言しました。

しかし、12月2日からはじまる、石巻市議会で
条例可決する方針は変えていない様子。

こういう茶番は雄勝町民は慣れている様子ですが、
今回は町の死活問題なので、黙っているわけにはいきません。

ここまで住民を馬鹿にした行政を許せません。

いろいろな意味で、雄勝町は被災地のモデルケースに
なっています。これ以上、二次被害者が増えないよう
全力を尽くします。

 この問題の専用サイトを作りました!
   ↓ ↓ ↓

  http://magonote11.blogspot.com/

2011年11月25日金曜日

8か月が過ぎました

3月11日の震災から 8か月が過ぎました。

3月21日から毎週、石巻市雄勝町に通っています。

はじめは避難所の巡回診療、残された個人宅の往診でした。
ご高齢で歩けない方、津波から走って逃げたときに無理をして怪我したり、足腰を痛めた方。

避難所では診療の合間に、多くの方々から津波の時の様子を伺いました。
避難後寒かったこと、連絡が取れずに心細かったこと、何日もあえなかったこと、空腹に耐えたことなどなど。

5月初旬に巡回診療は、石巻合同医療チームに統合されることとなり、他の医師団が次々と撤退していきました。住民は、遠く離れた市内の病院への交通手段を持たないまま、取り残されてしまいました。
「病院がなければ町に住めない」と去っていく人もいる、という声を聴き、

5月29日に雄勝まごのて診療所を開設しました。

レントゲンやCTなどの設備はありません。町の方から無償で提供していただいた、作業場を診察室とし、これまた町の老人ホームから無償でお借りした机やベッド、トレイなどで診療を始めました。
高血圧や糖尿病、腰痛などのの持病を持った方、不安で眠れない、思い出して涙が出る、などの心のケア、ちょっとした風邪や鼻炎、腹痛など。
ささいなことでも、お話を伺って、大丈夫と言ってあげると安心していただけるようです。

8か月が経過し、
「まだ(被災地に)行ってるんですか??」と半ばあきれ顔に きかれます。

まだ必要とする方々がいらっしゃると感じる限り、続けていきます。

今日現在で、屋上まで津波があがった役場から見た、
雄勝のメインストリート。手前の仮設商店街のほかは、
廃墟となった銀行・郵便局・ガソリンスタンドがあるだけ。
数百件あった家や商店はあとかたもありません。
海がきれいに見えるのは、堤防が倒れたままだから、、、

東北は寒さが厳しく、月曜日11月21日は1℃。 みぞれが降りました。

体力・免疫力が低下した方々のインフルエンザや肺炎が心配です。

仮設での集団感染を防ぐためには、予防接種が必要です。市立病院(10月に開院)・石巻日赤病院にいけば、公費で無料接種できます。しかし、今はやっと再生しかけた海の作業などで忙しく、仮設住宅から交通手段が少ないため、まごのて診療所に来ている被災者の方々に、
「あっちに行けばタダですよ。」と言っても、遠いし時間かかるから、となかなか足が向かいません。

被災者は、限られた条件で、必死に生活の再建をしています。
日曜日しか休みがない方も少なくなく、遠くの集落からも
「まごのてが開いててよかった~」と受診される方が絶えません。

現地は、みなさん明るく振舞っていますが、まだまだ余裕などありません。
私たちができる、精いっぱいの「かゆいところに手が届く」支援を
今後も続けてまいります。

今一度
温かいご協力をお願いします。

2011年11月15日火曜日

11月14日

■雄勝の再建を話し合う■

震災から10日後に雄勝町に来てから、あっという間に8か月が経とうとしています。
雄勝の方々は、漁業の復活や仮設住宅・仮設店舗による生活が
はじまることでようやく落ち着いて来たとの声をきくようになりました。


ところが先月中旬に、石巻市は雄勝町全世帯に、今後の住む場所についての
最終決定を迫ったのです。締め切りは11/6。

「今の時点で高台移転するか。それ以外の方の土地は確保しない。
 浸水地域には住めない方向です」

つまり、雄勝の全住民は唐突に、11/6までに人生を決めなければならない
事態に陥りました。

もちろん、8か月の間に『私は高台移転する』『もうこの町には住めない』
と決めた方もいらっしゃいます。しかし、診療所や”月刊おがつ”での取材や
復興市などで多くの方と話を聞いている印象では、まだ多くの方が
『まだ迷っている』 もしくは『高台でなく、今の土地をかさ上げすれば住める』
と考えています。



5月より、石井は「雄勝震災復興まちづくり協議会」の委員として
住民のみなさんの声を聴いてきました。

上のような住民の声を切り捨てて、国のスケジュールを逆算すると今決めなければ
ならないんだ、という市の方針に大きな疑問を持ちます。

住民のみなさんや他委員の後押しもあり住民の声を受けて、
山王と石井、ふたりで仮設住宅一軒一軒200世帯以上を
個別に訪問し、アンケートを実施しました。

また11月13日と14日に、個人での主催で集会を行い
皆さんの意見をききました。



ここでの結果を、11/15に実施される「雄勝震災復興まちづくり協議会」に示します。