2011年4月8日金曜日

4月4日

★ひとりで、できること★

震災直後から現在にいたるまで、どの自治体、災害対策本部でも
「個人のボランティアは控えてください」

との方針が続いています。

確かに、大企業や組織からの10万食の食料支援や、日赤チームによる
1000人規模の医師団派遣などによって、多くの方々が救われています。

しかし、現場では、個人の支援を必要としています!!!
実情は、その支援をうまくまとめる体制が整わないだけです。
体制が整う間にも、被災者は日に日に弱っています。

10個のポリタンク。

これによって、私たちが、個人でも十分意味のある活動ができる!と
勇気づけられたのです。。。

。。。震災発生翌日に、とにかく南相馬市まで行き、支援物資を届けました。
しかし、東京に戻ってから自治体や災害対策本部、警察、現地の病院、
友人、支援組織など、個人でできることの可能性を探ってみても
でてくる答えはNoばかり。

再度、被災地入りして石巻市に入ったときのことです。
多分、必要だろうと思って、途中で灯油をポリタンク10個分詰めて、
自家用車に積んでました。

北上町が津波で相当な被害をうけていたため、こちらの災害対策本部を
訪れて現状をきいたところ、「燃料がまったくない」とのこと。

持っていた灯油10個=180リットルを差し出すと、びっくりされました。
「自衛隊からの支給でもたった250リットルだけなのに!!!」
北上町の災害対策本部がおかれた「サンパーク」。
ふもとの町は、北上川を逆流した津波で浸かったまま


政府主導で、緊急政策として自衛隊から各避難所に
燃料が支給されいたのですが、石巻市の奥地にある
この町への割り当ては、この程度の量だったのです。

その夜、一度新潟県まで戻って、今度は軽油200リットルを
調達して(関東圏は全く燃料なかったため)、今度は、
北上町の職員の情報を元に石巻市雄勝町に入りました。

この町は、町に入る主要国道が寸断され、町に通じる道は細く
遠回りの峠道一本だけだったため、自衛隊からの物資支給は
さらに届かない町でした。
当然、お届けした軽油は、相当役立つことになりました。


一個人が、普通の自家用車1台で、自衛隊と同等の
支援できたということです。


雄勝町で、この後さらに、緊急現地診療の依頼を受けたことで、
まごのて救援隊の立ち上げを決めることと、なりました。


 ひとりでも、できること。

 

(3月12~21日のブログもご参照ください↓)
http://magonote99.blogspot.com/2011/03/31213.html

※まごのての趣旨に賛同された株式会社p.a.sちばまきこ様より、
 ドライバーアシストの申し出を頂きました。昨夜はp.a.s社、
 鶴林さんのお蔭で現地往復の負担が大幅に減りました。
 貴重な週末の時間をご支援頂き、本当にありがとうございました!
 

0 件のコメント:

コメントを投稿