2011年4月24日日曜日

4月24日

★避難所の方々へささやかなご褒美。

石巻市中心部の様子。津波で壊滅していないとしても
ヘドロと共に床上浸水すると、家財はすべて使えなくなる


4月23日土曜日、最終新幹線で福島、東北本線各駅停車に乗り継いで仙台へ。仙台駅には「まごちゃん2号」がお迎えに来ていました。何度もこのブログに登場するワゴン車です。
緊急車両として患者さんを病院に搬送し、ある時はお風呂送迎、ある時は小学校のスクールバス、そしてまたドクターのお迎え、と一台何役もこなします。どしゃぶり横殴りの雨のなか、仙台から一路、石巻市雄勝町の避難所に向かいました。

それというのも。

「明日は朝、9時に診療に来てもらえますか?」いつも診療している石巻市雄勝町明神(みょうじん)避難所から、ご連絡があったからです。日曜日の朝は、物資輸送や地元の方々も移動するので、一本しかない道は渋滞します。何が何でも夜のうちに現地に到達しなければなりません。

石巻市雄勝町のあたりの気候は、大変変わりやすく、数日前は冷たい雨で、気温1℃。四月なのに。真冬並みの寒さが、あの震災の3月11日を思い起こさせるほどでした。
土曜は土曜で、バケツをひっくり返したような、ドリフの「8時だよ全員集合」(これわかる人は、年がだいたいわかりますよ・・・(笑)で水を頭からかける時みたいな、しかも風が強いので叩きつけるように容赦なく大粒の雨でした。
北上川沿いの道はもちろん街灯もなく真っ暗。鉄板を敷いて仮に通れるようにし道路、部分的に河川敷に迂回したりの悪路です。ちょっと道を反れたら北上川にドボン。ドライバーも真剣です。

なんとかクリーンセンター避難所にたどり着いたときには避難所の方々はとっくにスヤスヤ寝入っておられました。避難所の夜は早いのです。夕飯が5時。電気がないからテレビもなく、暗くなったら寝るという生活です。今回まごのての活動を応援するために東京から助っ人として同行してくれた I氏と石井は避難所泊、山王はまごちゃん2号車中泊となりました。

翌朝は昨夜の嵐がウソのように晴れ渡り、初夏を思わせる日差しです。

避難所の朝ごはん。

段ボールで届けられた野菜を使って、レタスとだいこん、人参でサラダを作りました。これと役場の職員さんが一つ一つ焼いた目玉焼き、ホウレンソウのお浸し、オレンジ、お味噌汁と御飯。いろどり良く、栄養豊富な朝ごはんになりました。みんなでたき火の周りでいただきました。

そうして明神避難所には無事9時前に到着。
いつも診察している方たちの顔がいつもと違います。華やいでいます。

「あらあ。今日は血圧いいですね!上が128、下が83。バッチリですねぇ。」と言うと、とっても嬉しそう。

顔色も良く、ほほ紅と口紅もつけていました。思わず「今日はきれいね~見違えた。どうしたの?」

なんでも皆さん連れだって、山形の温泉保養所に2泊3日の小旅行に出かけるのだそう。
避難所からのマイクロバス出発が10時だから、お出かけの準備をしてから診察だったのでした。

楽しい事、嬉しい事、温泉は何よりの薬のようです。温泉療法医の私(山王)が太鼓判押しますから、間違いありません(笑)

10時にお迎えのバスが来て、ご一行様、遠足に出かける子供のようにはしゃいで、乗り込んで行きました。
手を振って見送るまごのて救援隊の私たちに、いつまでも見えなくなるまで手を振って下さったみなさん顔が、嬉しそうに輝いていました。

この1か月半、ひもじい思いをし、寒い寒い避難所生活を強いられ、電気もない暗くて不自由な毎日。余震が続いて不安な中、町の再建の目途も立たず、仕事がないことも不安を掻き立てます。与えられた食糧、与えられた情報の中で、寄り添って生きてきた避難所の方々へ、今回の小旅行は、ささやかなご褒美でした。

早く早く、このささやかなご褒美が、笑顔が本物になるように、本当に安心して生活できる町が再建されるように祈らずにはいられませんでした。
いや、祈っていたのではだめです。本当の意味で町が再建するために、私たちにできる事をやりましょう。みなさんのお力と知恵を貸してください。

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