2011年4月3日日曜日

4月1日

避難所のほうがマシ?

原発の緊迫が頂点だった3月20頃、いつも話題にあがっていた
福島県南相馬市。 いまは、どんな報道がされているのでしょうか?

私の友人ふたりが、南相馬市原町区(旧・原町)のために
奮闘していますが、今日、彼に直接話をきいて衝撃的な話を聞かされました。

★2万人のアウトロー★
原発30kmエリアの原町区は、「屋内退避」命令 = 逃げても逃げなくてもいい
ですが、行政は、早々と区民に対して、行政が用意したチャーターバスで
指定した他県に移るように、という方針をとったそうです。
で、もしバスに乗らない人は「責任とれません」とのこと。

原町区は、もともと4万人住んでいたそうです。
そして、今、のこっている人は、2万人。

つまり、半分の方は、バスで県外に逃げず、そのまま30km
圏内にいるそうです。 私は震災翌日、この町に支援物資を
届けに来ましたが、確かに、海側の津波被災エリア以外は、
街中はほとんど無傷だったことを覚えています。

相馬野馬追で有名なこのまち、友人宅を訪ねると、普通の
住宅なのに、裏庭にお馬さんがいたのも驚きました。
このお馬さんを置いていくことができない心境は当然かも。

なんでわざわざ家があるのに、遠くに逃げないと?
と思われているのでしょう。

行政が、避難勧告を出したあと、ということは、公式な避難所は
存在しない。 公式に避難所になっているところ以外は、
自衛隊などの公式な水・食料・燃料などの物資は届かない。

といことで、いま、原町区は、自宅にいる2万人もの方が、
非公式に(?)とりのこされている状態とのこと。


私の友人は、震災前からNPO法人をつくって「まちなかひろば」という
市街化活性プロジェクトを実行していました。 箱崎さんというその
リーダーは、いま毎週末、東京の大田市場に大量の食料を買い付けて
現地に千人規模の炊き出しをされているそうです。

冒頭の写真も、その町の友人。
彼は、例のバスにのって、今は栃木県鹿沼市の避難所へ。
若干20代(に見えない^^)はいまでは、避難所で臨時区長さんとのこと!

動く人は、動いています。
見えないところほど、大変なのです

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