2014年9月11日木曜日

雄勝は今

未曾有の震災から三年半が過ぎました。

震災翌日に駆けつけた福島県南相馬市原町区。
今では国道4号線に乗り上げた漁船はもちろん跡形もなく、
原町の駅にも商店街にも人が戻り、まるで何事もなかった
かのような震災前から変わらぬ街並を通り過ぎると、
複雑な気持ちになってしまいます。


3月21日以降、まごのて救援隊、そして
雄勝まごのて診療所として多くの時を過ごした
雄勝の町は、移り住んだ2年間、そして、
毎月通う今でも、、、

2014年 クリーンセンター入口より雄勝町味噌作方面望む
 
 震災10日後の同地区
 
2014年 クリーンセンター入口より雄勝町中心部方面望む
 
震災10日後の同地区
 

伊勢畑の町役場のおがつ店こ屋商店街も3年を過ぎようとしています。
見守る事、話をすることも、続けていかなければなりません。

建物が見えなくても、雄勝には変わらぬ人が、いつも笑顔で待っています。
さぁ、今日も雄勝へ行ってきます!

2013年11月19日火曜日

雄勝法印神楽 舞台保管庫できました



雄勝の方々にとって、心の拠り所となっている雄勝法印神楽。

会長が津波で行方不明となり、衣装や面などの大半も流されて
いたにも関わらず、震災からわずか2か月後の2011年5月29日、
御神楽が雄勝で披露されました。



震災直後、まだ仮設住宅もできず避難所生活を続けていたころ、
「第1回おがつ復興市」には1000人を超える町民が集まりました。
いつもの木組みのやぐらもなく、被災した役場の玄関をビニールシートで
囲っただけの舞台で披露された御神楽の熱演に、町民はどれほど
勇気づけられたことでしょう。

その後、町民はもとより、多くの方々の支援によって見事に復活した
雄勝法印神楽ですが、震災によって練習場や保管庫が失われたまま
でした。



2013年11月18日、大浜の石神社/葉山神社の脇に、新たに
「雄勝法印神楽 舞台保管庫」が完成しました。



復興は一歩一歩ですが、
これからも応援し続けていきましょう。

2013年9月6日金曜日

新山神社 平成25年秋祭りは10月20日です



今年も新山神社の看板制作のお手伝いをさせて頂きました。
雄勝法印神楽はいつ見ても清々しいですね。
看板設置はいつも味噌作の高橋さんと
船戸の佐野内さんが手伝ってくれます

ところで、
雄勝まごのて診療所がお世話になった水浜地区では、移転地造成のために
8月中旬に急遽、来月末までに今の仮設住宅を退去して
他の仮設住宅に移動しなさいとの通達が出たそうです。
水浜仮設のみなさん、一緒の場所に移動を希望するもかなわず
森林公園、三反走、飯野川、大森、開成とバラバラになってしまいました。

造成がいつまで掛るか分かりませんが、震災後なんとか繋ぎ止められていた
人心が引き離されることは、なにより辛いことです。
できるだけ早く、みなさんがまた水浜に集まれますように。。願うばかりです




2013年5月28日火曜日

雄勝まごのて診療所、診察を終了しました。

今月で、雄勝まごのて診療所は診察を終了いたしました。
2011年の5月29日に開院し、ちょうど2年間でした。



最終日の26日、仮設住宅の談話室で、心づくしの送別会をしていただきました。
27日は、みなさんが手伝ってくださって、後片付けとお掃除してくださいました。
みんなで手を振って見送っていただきました。


2年間続けてこられたのも、皆様のおかげです。
本当にありがとうございました!

2013年5月14日火曜日

おがつ新聞 平成25年5月号 発行しました

おがつ新聞 Vol.13 平成25年5月号発行です!



  ※pdf版は こちら → おがつ新聞web


今月の編集時も、魅力ある雄勝で紹介したい事や、
住民が伝えたいこと、自慢したいこと、苦しんでいることなどが
机上に並ぶ中での作業となりました。

特に、今月号は教育のことをとりあげさせてもらいました。
何より先にお伝えしたいことは、
こどもを持つ親御さんそれぞれの
『自分の子供への考え方に優劣はない』
ことです。

生活、仕事、家族、教育、、、
人それぞれが皆、事情が異なります。

平時の教育環境においても、我が子をどう育てようか?と
それぞれの事情で悩むでしょう。
ましてや、震災、そして避難生活という未知の環境にあって
我が子の教育をどう考えるか、働き盛りの世代にとって簡単に
答えが出せるものではないでしょう。

「うちの子が卒業するまでは面倒な事になってほしくない」
「なんでもいいからさっさと決めてくれないと目標すらたたない」
「これから子供を増やそうと思っても、見通しがないと困る」
・・・

こういった言葉を表面だけとらえて、
それって子供の都合といいながら親の都合でないか、
という声も内外から聞こえますが、
ちょっと違うのではと感じます。

子供の教育環境とは、何も子供自身の〝学校内の″環境だけでは
ありません。
家族の生活面の安定、精神的な安定も、含めた、トータルの
環境をもって考えてこそ、本当に子供のためでしょう。

震災後に、避難所の選択にはじまり今に至るまで、
大多数の方が、何事も思い通りにいかない日々が続いています。
他人の事とか町の将来とか考える余裕などないよ、と
いうのが本音という声も少なからず聞こえます。
それでも、こどもの将来のために、真剣に考えつくした経験は
決して無駄にはならないでしょう。

石巻市教育委員会が主催で、今年4月から、
雄勝地区統合小・中学校建設基本構想検討委員会、
なるものがはじまっています。

これまでの委員の様に
『新校舎できるとしても僕(又はウチの子)はいないんだから関係ないしね』
『雄勝に住んでいないんだから、まぁ名前だけの委員だけどね』
などと軽口をたたいていた方は即刻退場し、
真剣に、
避難先の学校(保育所)に通っている子供のため、
町内から通っている子供のため、
そして地域の将来のために考える会として、
有意義な議論を重ねていってほしいです。


 ※今月号で、一旦おがつ新聞は終了となります。

2013年4月21日日曜日

季節外れの雪です

今日は石巻市長選挙の日。
数日前は30度近くあったというのに、
こんな日に限って、雄勝は吹雪いています。

まごのて診療所の周りも雪景色!
誰が市長になったって変わんないしね、と
会う人会う人が言ってかえります。
一票は平等というが、現実は厳しい。
人口15万人の石巻市(有権者12.5万)の中では、
旧雄勝町の意向はたったの1%しか反映されないのですね。
雄勝と同じく漁業の町の旧牡鹿町・北上町を含めても、わずか数%でしょう。
市町村合併の弊害はこんなところにも。。。

2013年4月12日金曜日